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股関節脱臼の原因、症状、治療法

2019.07.09

股関節脱臼のまとめ

股関節脱臼とは、骨盤と太ももの骨(大腿骨)をつなぐ股関節が外れてしまうことを指します。

この原因は、交通事故や転落といった大きな怪我から、ジャンプしたときの着地の失敗といった小さな怪我までさまざまです。脱臼の治療には、外れてしまった関節をはめて包帯を巻く方法(非観血的整復)と、手術で関節を安定化させる方法(観血的整復)があります。また、最終手段ではありますが、太ももの骨(大腿骨)のボール部分をとってしまう方法(大腿骨頭切除関節形成術)もあります。

これらの方法は、いずれもメリットとデメリットがあるので、治療方針の決定は主治医の先生とよく相談して行う必要があるでしょう。

股関節脱臼とは?

 

股関節は、骨盤と太ももの骨(大腿骨)をつなぐ関節で、ボールとカップの構造をしています。股関節脱臼は、太ももの骨のボール(大腿骨頭)が骨盤にあるカップ(寛骨臼)から外れてしまうことで、ワンちゃんの関節の脱臼ではもっとも多く起こります。

 

股関節脱臼は、太ももの骨のボール(大腿骨頭)がずれる方向によって、頭背側脱臼、腹側脱臼、尾側脱臼に分類されます。この脱臼の方向は、骨盤を横からみたときに“あたま側”(頭側)、“尾っぽ側”(尾側)、“せなか側”(背側)、“おなか側”(腹側)の4つの方向を時計になぞらえて表したものです。ワンちゃんの股関節脱臼では、およそ8割が“頭背側”脱臼です。

 

股関節脱臼の原因

 

ジャンプの失敗や、家具から飛び降りといった小さな外力から交通事故や転落といったいわゆる“高エネルギー外傷”まで、さまざまな外力によって脱臼は起こります。小さな外力によって脱臼が起こった場合には、股関節形成不全(もともと股関節が緩い病気)やホルモンの病気などの脱臼が起こりやすい背景をもっている可能性があります。その一方で、高エネルギー外傷では胸やおなかを打って痛めていないか注意が必要です。

 

股関節脱臼の多い犬種

 

股関節脱臼は、すべての犬種で生じる可能性がありますが、日本で飼育されているワンちゃんでは、トイ・プードル、ポメラニアン、柴犬に多い傾向があります。

 

股関節脱臼の症状

 

ほとんどのワンちゃんは、キャンと鳴いた後に後ろ足を挙げることがほとんどですので、異常に気がつくことは容易です。後ろ足をうまく使えなくなってしまう以外には、太ももの骨のボール(大腿骨頭)がずれた方向によって、足の挙げ方に違いがあります。 頭背側に股関節が外れたワンちゃんでは、痛めた足の股関節を外に開きながら、足の先を体幹側に巻き込むようにかばいます。

 

一方で、腹側に股関節が外れたワンちゃんでは、痛めた足の股関節を内に向けて足の先を体幹側に離れるようにかばいます。頭背側脱臼では、治療せずに外れた関節が元の位置に戻ることはありませんが、腹側脱臼では無治療で外れた関節が戻ることがあり、その場合には症状が軽減あるいは消えてしまいます。

 

股関節脱臼の診断方法

 

飼い主さんにとって最も分かりやすいのは、レントゲン検査をして股関節が外れていることを確認することでしょう。ただその前に脱臼の診断をある程度下すことは不可能ではありません。そこで大切なのは、視診と触診です。

 

視診は症状の項目に記載した通りで、痛めた足の挙げ方で脱臼を疑うことができます。続いて触診では、骨盤の骨で出っ張っている腸骨翼と坐骨結節、さらに大腿骨の大転子を触わることで、骨同士の位置関係を確認します。正常なワンちゃんでは、腸骨翼、大転子、坐骨結節は下向きの三角形として触知されます。頭背側脱臼では、大転子が背中側にずれるので三角形が直線上に触れます。それに対して腹側脱臼では、大腿骨のボールが下にはまり込んでしまうので、大転子をうまく触れなくなってしまいます。さらに骨同士がうまく関節していないので、当然ながら股関節は曲げたり伸ばしたりできません。ただし、このような触診は痛めた直後ではとても痛いので、無理な検査は禁物です。

 

レントゲン撮影をする目的は、脱臼の診断だけではありません。脱臼の方向の確認と、股関節にもともと関節炎といった異常がないかもチェックできます。これらは、これからお話する治療方針を決定するうえで非常に重要な要因になります。また、事故などの“高エネルギー外傷”を受けたワンちゃんでは、胸やおなかのチェックも必須でしょう。

 

股関節脱臼の治療法

 

関節の脱臼の治療は極めてシンプルです。そう、“外れた”関節を“はめる”ことです。当然そのまま外れた関節をはめようとすれば、とっても痛いので鎮静や麻酔などで寝かせてあげる必要があります。関節をはめた後に包帯を巻いて安定化するのが“血を観ない”、非観血的整復、“血を観る”のが手術、つまり観血的整復です。どちらの方法も関節を一定期間あまり動かさずに休ませてあげることで、自分の組織で修復させる時間を確保することが目的です。この自分の組織による修復がうまくいくと、“線維化”による関節の安定性を確保できます。

 

ただし、この治療には必ず“再脱臼”というリスクが存在します。非観血的整復の成功率は50%程度とされており、再脱臼の際には通常また痛みを伴います。再脱臼を経験したワンちゃんに対して最終手段とされているのが、太ももの骨のボール(大腿骨頭)ごととってしまうという手術(大腿骨頭切除関節形成術)です。

 

では、これらの方法のメリットとデメリットをみていきましょう。

 

非観血的整復とは

 

この方法は、ワンちゃんに鎮静あるいは麻酔をかけて外れた関節をはめた後に包帯を巻いて関節を休ませてあげる方法です。包帯の巻き方は、脱臼の方向によって違います。

 

頭背側脱臼では、エーマー吊り包帯といって怪我した後ろ足を地面につけないように包帯でぐるぐる巻きにします。その一方で腹側脱臼では、怪我した後ろ足が開かないように足かせ包帯を巻きます。
この方法のメリットは、手術を回避できることです。デメリットには股関節の再脱臼のリスク(成功率およそ50%)と包帯を巻くことによる皮膚への障害が挙げられます。包帯は一般的に2-4週間は着用します。特にエーマー吊り包帯では、皮膚が締めつけられて内出血や足先の鬱血、皮膚の壊死といった深刻な問題が起きることがあります。

 

観血的整復とは

 

この方法は、ワンちゃんに鎮静あるいは麻酔をかけて外れた関節をはめた後、手術によって関節を外れにくくさせてることで、関節を休ませてあげる方法です。この方法は、非観血的整復とは異なり、インプラントなどで筋肉や脂肪、皮膚などを介さずに安定化させるので、成功率は非観血的整復よりも高くなります。

 

これらの方法のメリットは、関節を温存可能であるために怪我した足の機能をおおむね回復させられることです。一方デメリットは、術後一定期間は厳重な安静が必要なことです。術後の自宅管理は、飼い主さんにとっても重要な要因ですので、主治医の説明をしっかり聞きましょう。またいずれの方法もインプラントを使うため、手術による合併症(生じる可能性のある問題)として、インプラントの破損と感染が挙げられます。

 

観血的整復には様々な方法があります。以下に代表的な方法を示します。

 

①人工関節包再建術

股関節が外れている場合、関節包という関節を覆っている袋が破れてしまっていることが一般的です。破れてしまった袋を縫うこともひとつの方法ですが、縫えないほどに袋が損傷している場合には、骨盤側(寛骨臼)にネジを2本(小型犬では1本)打ち、太ももの骨のボール(大腿骨頭)の根元に穴を開け、そこに糸を通して骨盤側のネジにひっかけます。こうすることで人工的に破れた関節包の代用とします。

 

②大転子転移術

太ももの骨(大腿骨)には大転子という骨の出っ張りがあり、ここに骨盤から臀筋群(お尻の筋肉ですね)という筋肉たちがくっついています。股関節は少し深い位置にあるので、手術でアプローチするにはこの大転子を切り落として筋肉ごと持ち上げてしまうと視野が広がります。股関節に対して必要な処置(関節包の縫合、人工関節包再建術など)を行った後に、切り落とした大転子を以前よりも少し遠く(遠位側)、後ろ側(尾側側)にずらしてピンで固定することで、お尻の筋肉の緊張を高めて股関節が外れにくい力に変える方法です。

 

③ピンニングによる一時的経関節固定術

この方法は、太ももの骨(大腿骨)から骨盤にむけてピンを刺す方法です。一見乱暴な方法ですし、関節の軟骨も損傷させるリスクはありますが、一定期間脱臼を起こしにくくさせて関節を休ませてあげる目的は他の方法と同様です。

 

④トグルピン法

この方法は、大腿骨頭靭帯(円靭帯)という太ももの骨のボール(大腿骨頭)から骨盤のカップ(寛骨臼)の凹んだ部分についている靭帯を再建する方法です。太ももの骨(大腿骨)には、ボールの靭帯がくっついている部分から大転子という骨の出っ張りの下(専門用語では大三転子といいます)に向けてドリルで孔を作ります。同様に寛骨臼側の靭帯がくっついているカップの凹みにもドリルで孔を作ります。寛骨臼側の孔には“トグル”と呼ばれる糸のついたアンカーを落とし込み、引っ掛けます。このトグルについた糸を太ももの骨にあけた穴に通して靭帯を再建します。

 

これらの方法は、術者の好みや経験によって決められることも多いので、主治医の先生の経験をよく伺ってから決めると良いでしょう。また、上記の方法ではいずれも破れた関節包という関節の袋を縫うことが可能なら塗って再建することが推奨されています。

 

 

また、一般的な治療法とは異なりますが、これらの方法とは別に以下の方法も存在しますが、いずれの方法もワンちゃんの体に与える侵襲(組織損傷のこと)は大きいので、これらの方法を提案された場合にも主治医の先生の治療経験をしっかり聞きましょう。

 

 

①骨盤3点骨切り術

骨盤を3点できって骨盤側の寛骨臼というカップのボールに対する覆いを大きくすることで、股関節を外れにくくする方法です。この方法は、治療後に股関節が再脱臼してしまったワンちゃんや、股関節形成不全というもともと関節が緩く、関節炎をもっているワンちゃんなどに適応を検討します。

 

②股関節全置換術

これは人工関節に変えてしまう方法です。慢性的に股関節が脱臼していてはめることが難しいワンちゃんや、重度の関節炎をもっているワンちゃん、股関節が外れて骨同士があたることで、骨が大きくけずれてしまったワンちゃんなどに適応を検討します。

大腿骨頭切除関節形成術とは

 

この方法は、太ももの骨のボール(大腿骨頭)とその根元の大腿骨頚部と呼ばれる骨の出っ張りごと骨を切除してしまう方法です。この方法は、通常の脱臼に対する治療を行っても再脱臼してしまったワンちゃんや、治療方針を決める時に整復の治療がうまくいきにくい要因をもっているワンちゃん(股関節形成不全による関節炎;この病気は元々関節が緩いことが問題です)では適応を検討します。

 

「そんな骨なんか切って大丈夫なの?!」と思われる飼い主さんもいるでしょう。もちろん上記の方法のように関節を温存できる方法ではないので、同様の予後は得られませんが、きちんとリハビリをすれば、日常生活はおおむね問題なく送れるようになります。 切った骨は、怪我した後ろ足を動かさなければ切った部分から骨が出てきてしまうので、上記の手術とは異なり、術後の安静は一切必要ありません。むしろその逆です。積極的後ろ足を使わせることで、切った部分には“結合組織”という柔らかい組織が満たされ、やがて“偽関節”と呼ばれる関節のような構造体が作られます。

 

脱臼という怪我は痛みを伴うものです。若くて活動性の高いワンちゃんであれば、当然関節の温存を目指すべきでしょうが、日本では、中年齢以降で大きな外傷もなく、股関節が外れてしまうワンちゃんがたくさんいます。活動量の多くない中年齢以降のワンちゃんで、「もう二度と痛い思いはさせたくない」、「術後安静にさせるなんて絶対無理!」という飼い主さんは、こういった方法を検討してみても良いかもしれません。

 

術後のリハビリ

 

非観血的あるいは観血的整復の治療を受けたワンちゃんでは、術後初期は安静がとても大事なのでリハビリは行いません。もちろん理想的には関節を一定方向のみ動かすことで関節自体の柔軟性を損なわせないことは大切ですが、ワンちゃん自身が安静を心がけてくれるわけではないので、初期はぐっと我慢しましょう。術後一定期間が経過して問題がなければ多くのワンちゃんはよく足を使いますが、ちょっとかばうなどの問題があれば原因を確認してリハビリを行うのが良いでしょう。

 

一方で、大腿骨頭切除関節形成術を受けたワンちゃんでは、術後初期から怪我した足を使わせる接地訓練や、関節を動かす関節可動域訓練などを開始します。脱臼によって痛みをとってあげることが手術の主目的であり、リハビリとセットで治療を考えてあげる必要があります。

 

治療の方法はさまざまですが、非観血的整復と観血的整復、大腿骨頭切除関節形成術が治療の主体になると思います。観血的整復法には、術者の好みや経験が影響するため、主治医の先生の説明をよく聞きましょう。

 

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