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犬の前十字靭帯損傷の原因、症状、治療法について
2019.07.09
前十字靭帯損傷のまとめ
前十字靭帯とは膝の関節にある靭帯のひとつです。膝を曲げながら後ろ足に体重をかけたときに膝の関節を支える役割を果たしています。
前十字靭帯を損傷すると、靭帯の損傷の程度によりますが、膝の関節の中で炎症が生じて痛みが出たり、後ろ足に体重をかけたときに膝の関節をうまく支えられなくなったりするため、後ろ足をかばいながら歩くようになります。また、靱帯の近くにある半月板という構造も損傷し重症化することがあります。
靭帯の損傷は自然には治癒せず、多くの場合、炎症や痛み、あるいは関節にうまく力をかけられない状態は消えず、後ろ足をかばう生活が続きます。また、片足の前十字靭帯を損傷した場合、反対側の前十字靭帯も損傷するリスクが高まると言われています。
治療について、靭帯の損傷の程度と症状の強さによりますが、症状が重度な場合、外科手術が推奨されます。手術ではまず、損傷している靭帯や半月板を取り除きます。そして、体重を膝にかけたときにバランスがとれるよう、インプラントなどで補強します。代表的な手術方式にはFlo法やTPLO法などがあります。
また、手術をしない治療法も存在します。消炎鎮痛剤の内服を継続してある程度まで炎症や痛みを和らげることで、不安定ながらも足を地面に着けながら歩けるようになる子もいます。しかし半月板の損傷を伴う場合には改善しないことも多く、炎症の根本的な原因解決にはならないため、長期的な関節炎の進行などが課題となります。
目次
前十字靭帯とは
前十字靭帯は膝の関節にある靭帯のひとつです。膝を曲げながら後ろ足に体重をかけたときに膝の関節を支える役割を果たしています。
そもそも靭帯とは、骨と骨とをつなぐ固いゴムのような構造です。
前十字靭帯は、膝の関節の中で、太ももの骨(大腿骨:だいたいこつ)とすねの骨(脛骨:けいこつ)とをつなぎ、支えています。立ったまま膝の関節を曲げるときに、ガクっと膝がくずおれてしまわないでいられるのは、この前十字靭帯のおかげです。要するに、前十字靭帯は脛骨に対して前方向にかかる力を支えているため、その靭帯の支えがなくなると、後ろ足に体重をかけたときに脛骨が前方に滑り出すようになり、体重を支えられなくなってしまうのです。
犬は、人間と異なり起立姿勢の時に後ろ足がもともと曲がって立っています。そのため、前十字靭帯は起立している時でも常に負担がかかっている状態です。
前十字靭帯を損傷するとでる症状
・歩き方がおかしくなる
靭帯の損傷の程度によりますが、後ろ足に体重をかけたときに膝の関節がうまく支えられなくなるため、かばいながら歩くようになります。
靭帯は繊維の束のような構造になっているため、いきなりすべての繊維が切れてしまうというよりも、多くの場合、少しずつ損傷していきます。はじめのうちは、かばっていることに気が付かないほど弱い症状かもしれません。靭帯の損傷が進むにつれて、地面に足は着いているものの体重をかけていないような歩き方になり、やがては地面に足を着くことすら難しい状態になることもあります。足の挙上(足を地面に着かず、常に浮かせている状態)や尾を跛行(足をひずる)している足の方に傾けてバランスをとったりする様子が見られます。
・座り方がおかしくなる
膝の痛みから曲げることを嫌がり、足を崩して座る様子(足先が外に向く)が見られます。(sit test)自宅でも簡単にできる検査になります。
ただし、前十字靭帯の損傷だけでなく、膝や足根関節の痛みがある他の病気でも座り方がおかしくなります。
・関節が腫れる
損傷した靭帯では炎症が起こり、炎症は痛みの原因となります。 関節の中にはもともと、関節の動きを滑らかにする潤滑油の役割を担う液体「関節液」が少量存在していますが、炎症が起こると関節液は増加し、関節が腫れる原因になります。痛みや腫れによって、さらに歩き方がぎこちなくなります。
膝の内側にできる腫れ(medial buttresss)
前十字靭帯を損傷し、慢性化したワンちゃんでは、内側の関節周囲の繊維化により膝の内側が隆起することがあります。
前十字靭帯を損傷する理由
ケガが原因で損傷すると思われがちですが、実は主な原因として重要なのは外傷よりも靭帯の「変性」です。年齢を重ねていくと靭帯そのものが脆くなりやすく(=変性)、損傷しやすくなると言われています。1歳という若齢でもみられますし、高齢でも起こります。4歳以上で損傷するリスクが上がるとも言われています。そのため激しい運動をしない動物でも注意が必要です。また、体重の増加も靱帯にとっては負担になると言えます。
膝蓋骨脱臼により脛骨(スネの骨)の内旋が見られる場合やもともと大腿骨顆間窩(前十字靭帯の通り道)の形状が狭い場合も前十字靭帯に負担のかかりやすい状態となり、靭帯が損傷しやすくなります。
放っておくとどうなるのか
靭帯の損傷は徐々に進行していきます。膝の関節の中で炎症が続くため、その違和感や痛みから足をかばう生活が長引きます。膝を伸ばす筋肉(大腿直筋、大腿筋膜張筋、縫工筋、薄筋)は細くなり、姿勢も背中が丸くなります(骨盤の後傾)。
靭帯の炎症は周囲に波及するため、膝関節の中にある半月板というクッション構造にも炎症が広がり、損傷を受けます。前十字靭帯の損傷したワンちゃんの約50%で併発していると言われています。半月板はC字型をしている軟骨で、膝関節の中で骨同士がぶつかるのを和らげるクッションの働きがあります。半月板が損傷すると痛みが強くなり、屈伸した際のつっかかりや違和感(クリック音)につながります。
また、靭帯の損傷は両足ともに進行することが多く、片一方の足をかばう生活ではもう片方への負担も大きくなります。片側の前十字靭帯を損傷した動物では、1~2年以内に反対側の前十字靭帯を損傷する確率が40%というデータも出ています。
さらに、関節の中で長期的に炎症が続くと、関節の骨の表面の変形を早める変形性関節炎の原因にもなります。変形した骨どうしでは関節本来の滑らかな動きが失われるため、歩き方のぎこちなさが増していきます。
前十字靭帯損傷の診断方法
触診とレントゲン検査がメインとなります。
触診では、膝関節に特定の方向から力をかけたときの脛骨の動く範囲を調べます。(前方引き出し兆候と脛骨圧迫検査)また膝関節の腫れの程度を左右の足で比較することも手掛かりの一つになります。
靭帯や半月板はレントゲンには写りません。レントゲン検査では、膝の周囲の骨の位置関係に着目し、脛骨が靱帯で支えられているかどうかを判断します。また、膝関節の中で炎症が強く起きている場合には、その部分が腫れていることをレントゲン上でも確認できる場合があります。関節液が溜まると膝外下脂肪体(関節内の脂肪の塊)が押しつぶされた画像(fat pad sign)も見られます。
靱帯の損傷が初期段階の場合には、触診やレントゲン検査での診断が難しいことがあります。そのような場合には、関節鏡検査が診断の大きな助けになります。関節鏡は関節の中に挿し込むことのできる細長いカメラで、実際に靱帯を映像で見て確認することができます。全身麻酔が必要な検査ですが、診断価値は高いと言えます。
犬での前十字靭帯の損傷は、外傷ではなく2次的に起こることがほとんどのため、血液検査を実施して、免疫疾患である多発性関節炎、クッシングや糖尿病などのホルモン疾患が隠れていないか確認していくことも大切です。
前十字靭帯損傷を手術で治療する方法と手術後のケア
膝で体重を支えられるようになることが目標です。そのための治療をします。膝で体重を支えられない原因は、おもに「炎症や痛み」と「靭帯の支えがないこと」の2つであり、それらを解消することが必要です。
靭帯の損傷の程度と症状の強さによりますが、ある程度進行している場合、外科手術が推奨されます。最小限の期間で上記の原因2つを解決し、運動機能を取り戻せるためです。
基本的に、損傷を起こしている靭帯を再建することは構造や性質上できません。手術では、まず損傷を起こしている靭帯や半月板を取り除きます。そして、靭帯に頼らなくても体重を膝にかけられるようにインプラントなどで補強します。インプラントを使用した手術方法はいくつか確立されています。
手術後は、膝に体重をかけられるようになるため、安心して足を使うようになります。足を使っていくうちに、時間をかけて膝の関節は徐々に安定化し、筋肉の量も回復し、日常レベルの運動機能の回復が見込めます。
代表的な手術方式として、「Flo法」と「TPLO法」をご紹介します。
Flo法: ストリング(ナイロン糸など)を膝関節の周囲に回して、膝関節にかかる体重を受け止めます。ストリングの強度などの観点から、比較的体重の小さな小型犬で適用されることが多い方法です。
手術後はずっとストリングに頼って生活するのではなく、ストリングはあくまで膝関節が安定化するまでの間の支えです。個体差はありますが、手術後8週間から12週間ほど足をしっかり使って生活ができれば膝関節が安定化してくると言われています。
TPLO法: これは発想が全く異なり、靱帯の代わりに体重を支えるためのインプラントを入れるのではありません。「膝にかかる力の向きを変える」ことによって、脛骨が前滑りすることなく体重を支えられるようにするという考え方です。
この手術では、膝にかかる力の向きを変えるために、脛骨の一部を切り取り(骨切り)、角度を矯正してから専用のインプラント(プレートとスクリュー)で固定します。
インプラントは強度が高く、体重の大きな大型犬でも良好な治療成績が期待できる方法です。骨を切った部分は概ね8週間から12週間ほどで癒合し、その頃には膝の関節も安定化してきます。
TPLO法を実施したあとのレントゲン写真▼
前十字靭帯損傷を手術せずに治療する方法
小型犬など体重が軽い場合、後ろ足に加わる体重も小さいため、消炎鎮痛剤の内服を継続してある程度まで炎症や痛みを和らげることで、足を地面に着けながら歩けるようになる子もいます。関節周囲が繊維化して不安定性がなくなるまで6〜12ヶ月かかると言われています。
ただし、半月板も損傷している場合には痛みが強く、足の使い方が改善しないケースが多くみられます。さらに、炎症の原因が取り除かれるわけではないため、長期的にみると関節の変形などの進行は早いと考えられます。
まずは正確な診断を受け、その子その子に最適な治療法を相談していくのがよいでしょう。